第四章 引き金
一
一九三七年二月、統制派がクーデターを起こした。
正確に言えば、クーデターではなかった。国家保安法が衆議院で二度目の否決を受けた翌日、陸軍の統制派将校が天皇に上奏し、「政党政治の機能不全」を理由に議会の停止と軍政移管を求めた。天皇は沈黙した。沈黙は、拒否ではなかった。
三日後、平沼騏一郎が首相に就任した。議会は解散されなかったが、開催されなくなった。政党は解散させられなかったが、活動を停止した。新聞は発禁にならなかったが、紙面から政治の記事が消えた。
すべてが曖昧だった。戒厳令は出されなかった。しかし東京の街角に兵士が立った。逮捕状は出されなかった。しかし社会大衆党の幹部が次々と「任意同行」で消えた。
平沼は記者会見で言った。「国体の護持と国民生活の安定が喫緊の課題である」。記者は質問しなかった。
二
弾圧は、静かに始まった。
最初に連れていかれたのは、東京の労働組合の幹部だった。次に大阪の出版社の編集者が消えた。それから大学の教授が「休職」になった。
北海道では三月に入ってから動きがあった。夕張警察署に、内務省から人員が増派された。私服の男たちが炭鉱の周囲に現れ、飯場の出入りを見張った。
朴は行動を変えなかった。勉強会はやめなかった。ただし、頻度を落とし、場所を変えた。坑内の休憩時間に、採掘の合間に、短い言葉で行った。
「賃金はまた下がった。なぜか。どこに消えたか」
その問いだけで十分だった。答えは労働者自身が持っていた。
四月、朴のセルの一つに動きがあった。美唄の連絡員から暗号電報が入った。「荷物が届いた」。新しい文書ではなかった。満洲からの知らせだった。
三
満洲で朝鮮人労働者が蜂起した。
撫順の炭鉱で、賃金未払いに抗議した朝鮮人労働者が坑口を封鎖した。満鉄の警備隊が出動し、発砲した。二人が死んだ。翌日、鞍山の製鉄所でも朝鮮人労働者がストライキに入った。間島では農民が小作料の減免を求めて役所を囲んだ。
蜂起は組織されていなかった。自然発生的だった。Black Mondayの余波で賃金が削られ、日本の統制派クーデターで本国の政治が硬直化し、満洲の朝鮮人たちは二重に絞られていた。
奉天政府は沈黙した。蜂起を鎮圧もせず、支持もしなかった。奉天にとって、朝鮮人労働者は満洲の経済を支える安い労働力であり、同時に日本の影響力を体現する厄介な存在だった。
蜂起は二週間で収まった。死者は十数人。逮捕者は数百人。新聞には載らなかった。
朴はその報告を読み、帳面に日付と死者の数を書いた。感想は書かなかった。
四
鬼頭誠一郎は、宿の机で報告書を書いていた。
一九三七年の秋、夕張。内務省の増派要員として、鬼頭は北海道に来ていた。報告書は毎週月曜日に提出する決まりだった。
「木村鉄雄。炭鉱労働者。行動に特段の不審なし。危険性は低いと判断する」
鬼頭は報告書を封筒に入れた。それから、机の引き出しから別の紙を取り出した。方眼紙だった。折り目のついた紙を広げると、中央に「木村鉄雄」と書かれ、その周囲に日付と場所と行動の記録が細かい字で書き込まれていた。名前から名前へ、細い線が引かれていた。夕張の炭鉱事務所前での声。函館の正教会での横顔。線はまだ少なかったが、一つの形を示し始めていた。
鬼頭は新しい記述を加えた。「十月十二日。飯場裏手にて女と接触。朝鮮人女性、推定二十代。名前不明。木村が接触した初めての女性協力者。木村の動線に女性が加わったのは初」
報告書には書かなかった。報告書の木村鉄雄は「危険性が低い」男だった。方眼紙の木村鉄雄は、別の男だった。
鬼頭は方眼紙を折り、引き出しに戻した。報告書は郵便で送った。方眼紙は送らなかった。方眼紙は鬼頭のものだった。組織の知識ではなく、鬼頭個人の直観を記録する紙だった。
鬼頭は窓の外を見た。北海道の秋は暗くなるのが早かった。木村鉄雄は自分が監視されていることを知っている。知っていて、行動を変えない。その胆力が、報告書の「危険性は低い」を嘘にしていた。
五
弾圧が強まる中で、尹英淑の仕事は変わった。
飯場の炊事場で、尹は朝鮮人の女たちの間で情報を回していた。誰が連れていかれたか。どの飯場で踏み込みがあったか。女たちの口は堅かった。特高は男を追っていた。炊事場の女に質問する者はいなかった。
尹は朴に報告した。
「特高の動きを、女たちが見ています。どの道を通って飯場に来るか。何時に来て何時に帰るか。女たちは見えていないと思われている。だから見える」
朴は頷いた。尹の情報は正確だった。特高の行動パターンを、朴は尹の報告で把握していた。
「もう一つ」と尹は言った。「炊事場の女たちに、朝鮮語で文書を読ませています。あなたの日本語の文書を、私が朝鮮語に訳して」
朴の手が止まった。
「許可を出した覚えはない」
「許可は求めていません」
二人は飯場の裏手で向かい合っていた。十一月の風が冷たかった。
「翻訳された文書が見つかれば、朝鮮語ができる者がいることが特高にわかる。木村鉄雄ではない誰かが」
「見つかりません。女たちは読んだら燃やします。紙は残しません」
朴の目が炊事場の方を見た。巡回の時間を測る目だった。尹は朴が禁じると思っていた。しかし朴は禁じなかった。
「燃やすことを徹底してください」
尹は頷いた。それだけだった。朴は飯場に戻り、尹は炊事場に戻った。
六
平沼内閣の弾圧は、年末までに一つの形を取った。
社会大衆党は活動を停止した。労働組合は解散させられた。大学のマルクス研究会は閉鎖された。東京帝大の研究者のうち三人が検挙された。朴が連絡を取ろうとしていた三人のうちの一人だった。
堺利彦の名簿に残っていた最後の名前が、一つ消えた。
朴は夕張の飯場で、帳面を開いた。消えた名前に線を引いた。残りの名前を数えた。東京の名前は、もう使えなかった。大阪に二つ。函館に一つ。北海道の炭鉱地帯に、朴自身が作った名前が十数個。
帳面の紙は薄くなっていた。何度も開き、何度も閉じたせいで、綴じ糸が緩んでいた。
朴は帳面を閉じ、帆布の小袋と一緒に枕の下に入れた。
外では雪が降り始めていた。北海道の冬が来た。翌年の春には、この雪が赤く染まる。朴はまだそれを知らなかった。