終章
一
一九四七年の秋、朴永哲は鬼頭誠一郎に会った。
朴は釜山から船に乗った。仁川から戻ってもよかったが、仁川の港には人民軍の新しい徽章を縫い付けた制服の男たちが並んでいた。朴は釜山を選んだ。
船の中で、朴は甲板に出なかった。食堂の窓から海を見た。九月の対馬海峡は白く光っていた。
列車は釜山から関釜連絡船で下関に渡り、東京まで二十時間かかった。朴は車窓を見ていた。兵庫を過ぎたあたりから、駅の看板が変わっていた。日本語の横にハングルが並び、一部の駅ではハングルが先に来ていた。連邦憲法の言語条項が施行されて三年が経っていた。朴はその条項の草稿を書いた本人だった。
連邦の首都は大阪だった。朴が東京に向かったのは、大阪に戻るためではなかった。東京に、会わなければならない男がいた。
東京駅のホームに降りると、かつての帝都の匂いがした。石炭と雑踏と、どこかで焼いている食べ物の煙が混じっていた。変わったのは人々の歩き方だった。あの強張りがなかった。連邦旗の赤と白が、柱の幕に染め抜かれていた。朴はそれを見たが、足を止めなかった。
旧特高庁舎は皇居の外濠に近い側にあった。革命後、建物は内務省の管轄から人民評議会の文書局に移っていた。正面の看板は塗り替えられていたが、石の彫刻はそのままだった。朴は正面ではなく裏口から入った。
鬼頭は旧特高庁舎の文書保管庫にいた。旧体制の監視記録だけではなかった。人民評議会の議事録も、同じ棚に並べられていた。鬼頭は両方を読んでいた。木村鉄雄の名前は、旧体制の方眼紙にも、新体制の議事録にも載っていた。
朴が訪ねてきたとき、鬼頭は棚に報告書を並べている最中だった。
朴は扉の前に立った。鬼頭は振り返った。
二人が顔を合わせるのは、神田の図書館以来八年ぶりだった。あのとき二人は視線を交わさなかった。今は、向き合っていた。
二
鬼頭が言った。
「あなたは勝った。なのになぜ、勝者の顔をしていないのか」
朴は答えなかった。椅子を引いて座った。鬼頭も座った。机を挟んで向かい合った。机の上には、旧特高の報告書が積まれていた。
鬼頭は胸ポケットから方眼紙を取り出した。折り目がついた古い紙だった。「木村鉄雄」の名前と、十六年間にわたって引かれた線の網が、方眼の上に広がっていた。
鬼頭はそれを机の上に置いた。
「あなたが朴永哲であることは、最初から知っていた」
朴は方眼紙を見た。自分の偽名と、自分の組織の輪郭が、特高の刑事の方眼紙の上に正確に描かれていた。
方眼紙の左端に、一九三一年の日付があった。右端に引かれた最後の線は、一九四〇年と読めた。それ以後は白紙だった。追跡が止まったのではなかった。鬼頭が意図的に線を引くのをやめたのだと、朴は理解した。
「なぜ逮捕しなかった」
鬼頭は答えなかった。しばらく黙っていた。机の上の報告書に一度目を落とし、それから言った。
「あなたを逮捕すれば、組織は壊れる。しかし構造は残る。壊れた組織と残った構造では、どちらが証拠になるか」
朴は鬼頭を見た。
「天皇制も同じでした。皇族を逮捕しても、天皇制は消えない。統治の技術というのは、人ではなく関係の中にある。私はそれを三十年かけて理解した。あなたの組織を観察することで」
鬼頭の声に抑揚はなかった。報告書を読み上げているような、乾いた言い方だった。
朴は自分の手を見た。机の上に置いた手だった。動かさなかった。
鬼頭は文書整理の業務で、人民評議会の議事録を読んでいた。朴の発言が記録された頁も、その中にあった。
「もう一つ」と鬼頭は言った。「連邦憲法の第十四条、言語条項ですが」
朴は手を膝に戻した。
「草稿と批准文を、私はどちらも読んだ。翻訳文に不自然な箇所があります。朝鮮語の条文で、日本語の法令用語を借字している。原文で書けば意味が変わる箇所を、日本語の語順に合わせて読めるよう調整した形跡がある」
鬼頭は机の上の別の書類を指した。それは人民評議会の言語委員会の報告書だった。
「文書整理をしていると、見えてくるものがあります。あなたが設計した連邦は、あなたが天皇制について言っていたことと同じ構造を持っている」
朴の背筋だけが、わずかに硬くなった。
「天皇制は、支配の構造を温存したまま看板を替える装置だった。あなたはそう言った。そしてあなたは、同じ装置を作った」
朴は鬼頭の目を見た。否定しなかった。
「それは昔、私が天皇制について言っていた言葉と同じです」
鬼頭はそこで止まった。続きはなかった。
沈黙が落ちた。文書保管庫の蛍光灯が微かに唸っていた。棚に並んだ報告書の背表紙が、二人の視界の端に並んでいた。朴は口を開かなかった。鬼頭も続きを言わなかった。蛍光灯が唸り続けていた。
二の二
朴はしばらくそこに座っていた。
鬼頭は机の書類に目を戻した。それ以上何も言わなかった。朴は立ち上がり、保管庫の奥に歩いた。
鬼頭は止めなかった。
棚は天井まで届いていた。背表紙に日付が書かれていた。一九二〇年代の報告書から始まり、一九三〇年代、四〇年代、そして四七年の文書が最後の棚に並んでいた。旧体制と新体制の書類が、同じ形式の綴りに収められて並んでいた。
朴は棚を見ながら歩いた。
「木村」の文字を探してはいなかった。しかし目に入ってきた。「木村鉄雄・要注意人物動向報告」と書かれた綴りが、一九三一年の棚に五冊、三五年の棚に三冊あった。朴はその前で立ち止まらなかった。
奥の棚に、人民評議会・設立準備委員会の議事録があった。表紙に委員の名前が印刷されていた。朴永哲の名前は三番目にあった。その一冊隣に、同じ形式の綴りがあった。「朴永哲・言語委員会発言記録(抄)」と書かれていた。
朴はその綴りの背表紙を指で触れた。抜き出さなかった。
棚の最下段に、帆布で包まれた小袋があった。紐で縛られていた。荷札に「木村鉄雄・所持品(押収)一九三四年三月」と書かれていた。
朴はしゃがんだ。小袋を手に取った。重さはほとんどなかった。紐をほどかなかった。ただ手の中で持った。
中身は知っていた。方眼紙の切れ端と、鉛筆が数本、それから活字の詰め物に使った古新聞だったはずだった。一九三四年の三月は、朴が大阪で組版の仕事をしていた頃だった。押収されたことも覚えていた。しかし戻ってこなかった。
十三年間、この棚にあったのだった。
朴は小袋を棚に戻した。帆布の角を直した。荷札の向きを元に戻した。
立ち上がったとき、鬼頭の方は見なかった。鬼頭は保管庫の入口の机で書類を読んでいた。朴が奥に何をしに行ったか、知っていたはずだった。それでも見なかった。
朴は棚の列を戻ってきた。机の前を通り、扉に向かった。
三
扉の前で、朴は一度止まった。
鬼頭の方眼紙は机の上に残っていた。朴はそれを見なかった。
「木村鉄雄は、もういない」
朴がそう言った。それが二人の対話の最後の言葉だった。
鬼頭は座ったまま、朴が出ていくのを見ていた。
四
朴は窓の外を見た。
文書保管庫の廊下の窓だった。外は秋の午後だった。通りに人が歩いていた。
通りの看板に、文字が書かれていた。ハングルと日本語が併記されていた。
朴永哲には読めた。
木村鉄雄には読めない文字だった。
朴は窓の前に立っていた。看板を見ていた。併記された二つの文字を見ていた。三十年間、一つの名前で生き、もう一つの名前を隠し、二つの言語の間を行き来した男が、窓の外の看板を見ていた。
看板の文字は、誰にでも読めるように書かれていた。しかし朴永哲と木村鉄雄の両方として読める者は、この通りに一人しかいなかった。
朴は窓を離れた。廊下を歩き、建物を出た。
通りに木が一本あった。秋だった。花はなかった。しかし朴は知っていた。春になればこの木は花をつける。桜だった。
二十五年前、ベルリンの割れた窓から見た木は、桜に似ていたが、桜ではなかった。ここにある木は、桜だった。
秋の風が吹いていた。